『あいだみつお』展

~みつおの言葉力~

@相田みつお美術館

その時にならないと分からないという言葉がありますが。まさにその言葉どおりの展覧会でした。

こんにちわ、matsumoto takuya です。今回は東京国際フォーラムにある相田みつお美術館で開催中の『みつおの言葉力』について書きます。

彼の詩は書道と二つで一つ

冒頭に書いたとおり、わたしは期待を見事に裏切られたのですが、もちろんそれはいい意味においてでした。そもそも、わたしは相田みつお美術展には全く期待していなかったのです。彼の詩については、メディアでたびたび大きく取り上げられていますし、その人気にあやかってか道徳ポスターにやプロモーション(広告)等に相田みつおスタイルをあまりによくみかけるからです。親しまれすぎたといった感じが強かった。感動するような発見はないだろうけど。とはいえ、まあ、行っていみないとわからないしなぁ、、、ということでやたらと重い腰をあげた経緯があります。

しかし、嬉しいことに実際わたしは感動するような彼の作品に出会いました。筆で書かれた彼の詩(原作)と鑑賞するために設けられた整った空間の中で対峙すると、ウェブや、進行プロットが決まっているテレビで見るときよりもはるかに説得力があるのです。やはり、本物は実物を自分の目で見ることではじめて感じ取れる何かがありました。

これは、彼の詩の力は原作に触れた時に一番感じ取ろことができるということです。つまり彼の詩は、詩と書の二つで一つの体をもったアートだということです。

詩の雰囲気がのびのび広がる展示空間

この美術館は相田みつを氏が生前足しげく通っていた近所の森にある古墳をモデルに作られています。とても包容力がある、落ち着いた温かみが感じられました。展示室をつなぐ会談やスロープには足にやさしい珪藻土でできているそうです。東京は直線的で清潔さと利便性があり快適ですが、たまには少し自然にもどって息抜きしたいものです。相田みつおの原作と触れ合う前準備のようなものを美術空間が促してくれます。

等身大の言葉がもつ力

今回の展覧会では、彼の成功の裏に隠された、人しれない葛藤がわかるショートムービーが用意されていました。「詩について」と「書について」の二本立て(約5分ずつ)です。創造することを仕事や活動の核になされておられる方にはお勧めかもしれません。ちなみにわたしは、「ああ、右往左往して転んでばかりいるのはわたしだけではなかったのね」とほっとしました。

なぜわたしが思いもよらず感動したのかは、このショートムービーで彼のことをを知ったから、ともいえます。彼の詩が愚直な告白スタイルのわけ、習字がうまいのにわざと崩してかく書体のわけ、ショートムービーから見えてきます。すると、知る前より気にならなくなるどころか筋がとおったような気がしてかえって腑に落ちたのです。そのうえ、原作をみると活字だけよりはるかに説得力があります。そんなこんなで半ばすこし引き気味に彼の原作を眺めていたわたしが、次第に彼の詩に自分を重ね、素直に慰められ、励まされたのでした。

彼が見栄がなかった聖人でななく、わたしたちと同じ欲ぶかな一人の人間であると彼はいっています。そんなわたしたちと同じ煩悩まみれの彼が、自らの言葉に精一杯に誠実に向かい、出てきた言葉は相田みつをという人間が一切責任を持つという自負によって形になったものが原作です。この勇気と矜持といったものも作品に込められてていて、原作から滲み出ていたのかもしれません。

また、ぶらりといってもいいなと思える個展でした。

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