Updated on 1月 9, 2021
「東京モダン生活」展
目次
~東京コレクションにみる1930年代~
@東京都庭園美術館
みなさん、はじめまして、matumoto takuya と申します。この度、『徒然ゆえのギャラリー日和』と題してブログを開設しました。
このブログでは、紆余曲折の末、ギャラリー(展覧会)に通うようになったわたしが、ギャラリーに足を運び、感じ思ったことをとりとめもなくつらつら書いていこうというスタンスでやっていきます。
なんの因果か、このページを開いていただいた方が気楽に読んで頂けたら幸いです。
さて、本題へ。「東京モダン生活」は、東京都庭園美術館で催されている建築をとおして1930年代の生活を感じ取ることをテーマにした展覧会です。
結論から言うと、思ったよりはるかに見ごたえがありました。というのも、来館前まではタイトルからしてどうも味気ないなー、というのが正直な感想だったからです。
それが間違いだったと気づいたのは、美術館の姿が初めて視界に入ったときでした。正門から本館までに続くシラカシ、サクラ、モッコク等の高木、下草ににアカシダやドウダンツツジに挟まれた幅広の閑静な道をすこし進むと、先がさっと開けてやや引いたアングルで美術館がようやく目にとまります。その一瞥がすでに味わい深いものだったのです。わたしが浅はかでした。
これがなんともいえずいいのです。開けた視界のやや先のほうに四角いクリーム色をしてた建物が、周囲に広がる見事に整えられた庭園の緑のなかに佇む。品があるけどこざっぱりしてどこか愛らしい。絵画のモデルになりそうな。そんなタイプの美しさ。この美術館の名前に「庭園」がはいる分けがわかります。素直に「ああ、これはいいな」と頷いてしまう。
この展覧会の主役は美術館そのもの
この展覧会は美術館自体がメインの展示作品となっています。東京都庭園美術館は、1933年(昭和8)年に朝香宮邸として建てられ、主要な部屋の内装にアンリ・ラパンやルネ・ラリックら、当時ヨーロッパを席捲していたフランスのアールデコ様式における著名なデザイナーと宮廷建築家の手で建設された建造物です。朝香宮夫妻は二年半余りのパリ生活で出会った芸術最前線であるアールデコ様式に感動し、邸宅を立てるにあたり、ぜひアンリ・ラパンらにというような経緯があったそうです。そのため美術館そのものが展覧会のメイン展示物となっているのです。
息をのむ美しさとノスタルジック
壮大な入口正面玄関ガラスレリーフ扉からはじまり、天井のデザイン、そこから吊るされる重厚な照明、美しい木目の柱や大理石でできたテーブル、オリジナルにえがかれた壁紙、その淵をかたどる紐状の装飾に至るまで、細微にわたり惜しむことなく美が施されていて、息をのむ美しさとはこのことかと思いました。単にきれいなだけでなく、ある種の幻想的なノスタルジックを纏っている。とにかく理屈抜きにエレガントなのです。
非日常の感覚を特に味わえた瞬間が何度かありました。館内にあるそれぞれの部屋にある鏡の前に立った時です。鏡にはノスタルジックで豪華絢爛な部屋のなかに、見慣れた「私」が映り込んいる。すると、現在と過去が混ざり合うかのような不思議な感覚を覚えたのです。1930年に建てられた歴史的建造物の空間のなかにに2020年を生きる自分が写っている像を鏡にみて、過去と現在の境界みたいなものがほんの少し揺らいだかのようでした。なんとなく、村上春樹さんの小説を読んでいるときに感じるあのなんとも形容しがたい感覚です。
建物が私たちに働きかけてくる力と建物の「表情」
ふと、建物とは不思議なものだと考えさせられます。物であるはずなのに時として、そこには「表情」のようなものが感じ取れるからです。歴史ある建造物、時を超えて人々に愛されていた建物からは特に味わい深い「表情」が感じられます。この東京都庭園美術館本館(旧朝香宮邸)はもちろんこれらの要素を十分すぎるほど満たしているのは間違いないでしょう。
客間がある一階からは1930年代の芸術と時代の雰囲気が、殿下や姫殿、若宮、浴室などの生活スペースがある二階からは当時のハイステータスの「東京モダンライフ」を生きた個々人の面影が、部屋の家具や内装デザインをみていると感じとれます。姫殿下の部屋の楕円状の鏡がはめ込まれた白い扉はとてもキュートで印象的でした。
わたしにとって、来てみるまでは全く無機質なただの大金持ちの建物だったものが、この美術館を後にする頃には、少し親しみを覚える建物にかわっていたから不思議です。退館し出口の門へとむかう道すがら思わず一回振り返っちゃいました。この展覧会を訪れたことで、ほんのちょっぴりわたしのなかのなにかが変わったのかもしれません。
いい展覧会でした。世知辛い世の中で、馴染みのある人やモノ、場所が増えるということは生きていく上で支えになりますからね。